昭和47年11月14日 朝の御理解                       


  御神訓 一、「天に任せよ、地にすがれよ。」

 信心の容諦とでも申しましょうかね、この位い簡単な言葉で、この位い見事に表現されておる。只ただ、驚きですね。御教えというのは、そんなもんだと思う。こらもう、信心の容諦です。信心をさせて頂く者の、此処ん所が、極められて行かねばならない。天に任せて、地に縋れよと。たった、是だけの言葉の中にですね。もう、言うならば、御道の信心の、神様に向かう姿勢と云う物が教えられております。
 今日は、久富正樹さんが、十七八年にもなりますでしょうね。もっとなるかも知れません。大変体が、もう重体と言われるぐらいに、今度はもう、再起が出来ないかも知れんと、お医者さんが言われるぐらいな病気を、大体が、あんな病人でしたからね、初めが。お歌の口調と頂いたんですけれどね。お歌の口調でアメリカ兵の、天に任せて地にすがり、しので折れるな若竹の節という歌を頂いたんですね。
 そういう例えばぎりぎり決着と言った様な時に、よくこの御教えは使われる訳ですね。天に任せよ地にすがれ。もうあぁた、どうにもしようがないじゃないですか。もうお任せするより他にないでしょうが。一生懸命お縋りしなさいと言う訳なんです。けれども是はね、そういうぎりぎり切羽詰まったという時ではなくて、何時もがこの信心でなからなければいけないという事です。何時も心の状態がこういう風でなからなければいけない。中々、任せきらん。同時にお縋りもしきらん。
 本当の意味において、ほんなら一心不乱に拝むとか、参るとかと云う事もようしない。同時に任せもきらない。是じゃどうにもしようがないですね。地に縋れという事は、言うなら一心不乱。言うなら心行くまで拝ませて貰う。御祈念を心行くまで拝ませて貰う。心行くまで願いまたは詫び、お礼を申し上げるといった様な、心行くまでという地に縋る。そして尚かつその事が願い、願い抜かせて頂いておるけれども、それから先はもう神様に、お任せしてあるというのです。
 是だけお願いしたのに自分の言う事は聞いて下さらなかったと言った様な、後味というのは、さらさら残らない。一心に縋る一心に願う。そして先を神様にお任せをするという。そこからね、どう云う様なおかげになって来るかと言うとですね。私共が願っておった位いな事ではない、夢にも思わない様なおかげが展開して来るです。いやだから私の願いではなくて、神様の願いが成就して来るです。神様の願いの中に私がある。言うならば、もうそれこそ、夢にも思わなかった様なおかげが展開して来る。
 是が金光様の信心の、私は、おかげの世界だと思うですね。成程お願をしてお願通りになると言った様な物ではね、本当の私はおかげではないと。願っても願っても願通りにならない。右と願えば左と言う様な時程、神様の願いが成就しておる時と仰せられるし。願った事が、願通りに成就する時は、もういよいよ心を慎ませて貰い。言うなら薄氷の上を渡る様な思いでおらなければならない。非常に危険な時だと思う。願通りのおかげを頂く時。むしろ右と願っても左、左と願っても右と言った様な時。
 いよいよ神様の願いが成就しておる時です。もちろん神様の願いが成就すると言う事は、氏子の助かりと言う事に繋がる事ですから。今も申します私共がもうそれこそ、夢にも思わなかった様なおかげが展開して来る。天に任せよ地にすがれよと、云う事を今日は大体、ここの御教えはもうどうにも出来ないじゃないかと。人間業ではどうにも出来ない。神様に、お縋りするより他にはないじゃないかと云う様な時に、天に任せよ地に縋れよと云った様な風に、今までは頂いて参りましたですね。
 今日はそこの所をねそうではなく、是が日常の私共の信心の姿が、このままこの姿でなからなければならないと云う事を聞いて頂いて、実例とでも申しますよね。今度の私の大阪行きの事なんかに、是がはっきり出て来ておりますですね。十五年前に阿倍野の先生の信心のいわば、生き姿とでも申しましょうか。兎に角あの御本部の御広前が、一杯になる程しの信者を引き連れて、御本部参拝をなさっておられるのに、たまたま当時の椛目の私共が、あちらに御本部へ月参りをさせて頂いておる時とたまたま一緒になった。
 どこのお教会だろうかどこの団体だろうかと、思うて見よったらあれは阿倍野げなと云う事であった。私共は暫くそこで控えて待たせて頂いておりましたら。もう整然とご信者さん方が、私の前に御祈念の姿勢を取られた。そこに所謂伊藤こう先生ですね。阿倍野の先生。ですから今七十八でありなさいますから、六十二三歳の時であおりになったじゃなかろうかとこう思います。の先生がこちらからこう右側のご結界ですからね。ここを通ってもうそれこそいんぎんなお態度で、金光様の前にお取次を願われた。
 お取次を頂かれ、お供えをさせて頂かれてから、金光様おかげを頂きまして、有難う御座いますと、お礼を申されてから、それだけの事であったけれども。その有難う御座いますの一言が、傍に居った私共に響いて来た。もう昨日十三日かで、文雄先生がその事に触れておりましたが。その時には、私も一緒に、おかげを頂いておりましたと。文雄さんが云う事です。けれどもほんなら、親先生が頂かれた様な、頂き止め方というかね、キャッチし方とでも申しましょうか。親先生がそん時に仰った。
 是は皆さん今あの、阿倍野の先生が、有難う御座いますと言われた、あの有難う御座いますを、皆さん聞いたかと。あの有難う御座いますの中身から、是だけの人が助かる様になったんぞと言うて言われたが、私共はそれ程しに有難いものは感じられなかったけれども、その有難と云う物が例えば、親先生の心の中には、ずうっと思い続けられ、育てられて来た。ああいう有難いと云う物はどうしたなら出来るだろうか。
 ああいう有難いと云う物は、どう云う信心すりゃそれこそ千両役者でも言えない程しの、いわば、有難う御座いますが言えるじゃろうかと思い続けて十五年間。とても私どんでは、そう云う事は出来ないと云う様な事を、昨日文雄さんが言っておりましたね。事実、私はそうでした。兎に角阿倍野のゴヒレイを聞けば聞く程です。最近なんかは千五百名だそうですね、だから列車二本月参りに出ると言うのですから。
 結局伊藤こう先生の真に有難いと思われる、その有難いの度合いが、あれだけ沢山の人が助かって行くのですから、もう愈々信心とは、より有難くならせて頂く以外にはないのだが。どういう信心をさせて頂けば、ああいう有難いおかげになって来るのであろうかと思い続けさせて頂いてさぁ何処へ求めようもなか。伊藤先生がご本を書かれたり、お話を、どんどんなさったりするならお話も頂こうご本も読もうけれども。先生が書かれた本とか、話された事が記事になると言った様な事は、まぁだかって見てない。
 けれども何時かはそれを、何とか、私も頂きたいもんだと思うておる所に、たまたま泉南の武田先生が、伊藤こう先生の事を、お説教の中に取り上げてのお話をなさってもう身近に、先生から御教えを頂かれた。その御教えが、先生一言でも良いですから何か御教えを下さいと言うて、秋永先生の奥様が願われたら、即座に応えておられる事は、信心をしておれば、段々有難いことが増えて来ますよという事であった。
  信心をしておれば、云うなら一年一年有難うなって来ると、教祖様が仰るがです。果たして、お互い信心をさせて頂いとるけれども、一年一年有難うなって行っておるであろうか。詳しゅうはなっておるけれども、有難うなっていないとするならばです。そんならどういう信心をすれば、一年一年有難うなるだろうか。それは頂いておるおかげをおかげとして、そのおかげを育てて行くからだと私は結論した。頂いておるおかげに味噌付ける様な事がない。頂いておるおかげを暴虐する様な事がない。
 その頂いておるおかげが年を取る程しに、有難うなって来る。思えば思うほど有難うなって来る。昨日高橋さんが十三日会で、今度の大阪行きの行きから帰りまでの事を、お話というよりも、説明をしておられました。そして私と阿倍野の先生が、泉南教会で三十分間余りでしたけれども、何にもこう対坐しながらお話する事もない。ただお礼の言い合い、頭の下げ合いと言った様な事だったという風に言うておられましたけれども。その事がとても、言うなら仕方のない言葉に出す信心の。
 例えば信心の話し合いとか、信心の話を聞くと言うぐらいだったら、もうそれだけの事。もう是は私は恐らく段々段々、有難うなって来るだろうと思うんです。その事を昨夜も、お礼申させて貰いよりましたら、大きな石鹸やら置いてあるあの石です、石が片一方と両方から、拝み合う様にして、石に組み合わせられる所を頂いたんです。この石一つじゃ、どうにも出来んです。けどもこの石が例えばあの梅李先生が、石組をなさると石のその、二つ組めば二つが、三つ組めば三つが生きて来るでしょう。
 ように組み合わせる所を頂いて、しかもそれにじっくり、お湿りがくれてある所を頂きました。あの庭石に水を蒔きますと、石が愈々生き生きとして来ますよね。石という事は意思です、意思が通ずるという意思です。心の事です大きな心と心が通い合うた。だまってこう向かい合って座っておるだけで、素晴らしい石組みが出来た。その上に何とも言えない、いわばお湿りを頂いた様に、水をくれたように、その石が生き生きとして来た。是はもう私の昨日私はあの。
 明渡先生にもう長々とお礼の手紙を書かせて頂いたんですけれども、その中に此の度の、私と伊藤先生の、いわば出会いという事は、もう取りも直さず、明渡先生のおかげであり、明渡先生のお取りなしによる事であり、しかも、伊藤先生が私共が到着しました日が、五十年という記念の御大祭。そのもう五十年間の、有難いと云う物を結集して、いわゆる有難いの最高潮という時に、その有難いと云う物に、私が止むにやまれん、もう沢山なお金が掛かるんですよね。
 大阪まで行く何もない。ただ伊藤先生にお目に掛かるという、その事だけに絞って行ったんですからね今度は。そういう切実な止むにやまれん思いと、伊藤先生の五十年間の、神様へのお礼の喜びの心とが、一つになる。しかもです此処から小倉までもあろうと言う所をわざわざ、親子してですよね、親先生と若先生が、泉南教会に、私が来ておるという事で、お見えになられて、会ってあれを一つ、ほんなら合楽の大坪さんが来とるけん、話してあげようと言う事でもなからなければ。
 こちらも、何を聞こうと言う事も、さらさらない。もう初めからです。もう若先生の所へ、頂くと言う事じゃないんだ。ただ、一目お目に掛かれば、それでよろしいんだというのが、私の、今度の大阪行きでしたから。もうその通りの事でした。その事がですいうならば、十五年間の願いが成就した。動燃心を燃やしに燃やさせて頂いて、十五年目にです。はぁ伊藤先生が、一年一年有難うなる、いわゆる信心をしておれば段々有難い事が増えて来ると仰るのは。
 その有難いと云う物が、育てられた花が咲いた、実が実ったという姿なんだ。お互いが頂いておるおかげを、いつの間にか忘れる忘却する。そして偶然視する。そして信心の方も、疎かにする。是では幾ら十年二十年信心が、だらだらと続いておったからと言うて、信心しておれば、一年一年有難うなるという事にはならないのだ。しかもその、有難いと云う物が、育てられるという事はです。もうそれこそあのお魚の例で言うておられる、頭を出せれても、尻っぽを出されても。
 中を出されてももうどの場合であっても、ただ有難く受けるより他にないと言う。まだ、十幾つである所の、若い伊藤先生がです。その話を聞かれた時に、私の一生は、これで行こうと決心された。そしてそれが、七十八歳になられる今日まで続けられてきたという所にです。有難いものは、いやが上にも育ってきた。そして、今日の阿倍野教会があるという事。今日の阿倍野の伊藤こう先生の御信心があるという事。
 その信心をです。ほんなら、私が、泉南の明渡先生のお話を読ませて頂いて、もう十五年間、求め続けておったのが、是だったと、是をこういう風にして、育てられた、有難いという、その先生の姿と云う物は、どういう姿になっておられるであろうかというのが、いわば、止むにやまれん大阪行きであった。いや、大阪行きを願ったのであった。是が、今日の御理解に言うと、地にすがった訳であります。もう、止むにやまれん思いで、兎に角、大阪行きをお許しを願った、三日間。
 どうしても許して頂かなかった。十日の月次祭の晩に、私はその事を皆さんに聞いて貰うて、こうしてお願をしよるけん、お許しを頂かんというお話をした。そしてその翌朝の朝の御祈念にです。泉南教会行きと頂いた。もうそれこそ私の心はもう小躍りするばかりであった。泉南教会に行けば、私はまぁ、隣組教会ぐらいに、大阪ですからね、近いかと思いよったら、とてもとても一時間に二十分かかるのです急いで。
 阿倍野の教会から泉南教会までは。そこをわざわざです、若先生をお供にされて、泉南教会に、私が泊まっておるから、泉南教会にお出でられて、で、たった三十分間お会いしたのは。けれども、私の思いは成就した訳ですけれども。是は私以上のです、神様の願いが成就した。なぜって私が行きたいから、お許しを頂いて行ったんじゃなかった。もう私の願いは、一遍断念された。神様からお許し頂かなかったから。
 そこでほんならその十一日の朝の御祈念に、泉南教会行きという事を頂いたがです。それは、もう神様が行けと仰ったんです。どういう訳で、阿倍野教会行きと頂かずに泉南教会行きと頂いたじゃろうかと思うた所が、泉南教会に行かなければならない、いわばあちらへ行って、只ただ、恐れ入ってしまった。その日は丁度私共が到着した日は、阿倍野教会の五十年祭という事を聞いた時に、もうそれだけでも驚いた。
 あくる日大坪先生、阿倍野から、親先生と若先生と来ますげなよと言うて、言うて見えた時なんか、いよいよ恐れ入ってしまった。それも何にかついでかなんかがあるからとも思うておったけれども、後から聞かせて頂いたら、京都の四条に行くと言う、でかけられると言うので、その道すがらに寄って下さるんだと思うとった所が、京都と泉南という事は、全然反対の方角であった。してみるとわざわざ、一時間に二十分も車を走らせて、いうなら、此処から小倉までばっかりの道のりを。
 わざわざ私のために来て下さった。そして、大坪さんに、これば教え様と言った、ただ私が会いたいと言うから、会うて下さっただけであった。そん時の様子が私が夕べ頂いた、大きな石が、両方からこう組み合わせられたという訳です。心と心が交流した。この事はもう年を追うに従って、有難くなって行く事であろうし、泉南教会の先生にお手紙の中で申しました様に此の度の事は、もうあなたのお取りなしによる事であるけれども。私の信心が、いや合楽の信心が是を境に。
 この事を境に一大転換をする事であろうという意味の事を書かせて頂いた。私の信心いや合楽の信心がです、大転機を此処に頂く事になるだろう。私が、止むにやまれん、その明渡先生のお話された事を読ませて貰うて、止むにやまれん思いで、大阪行きを願った事は、是は、地に縋った訳です。ね。そうでしょう。やむにやまれん思いで地に縋った。けれども、神様は、それを、言う事は聞いては下さらなかった。
 そこで、任せるより他になかった。そしたら、あくる朝は、今度は、私が行くのではない。今度は、神様のご用事で、私が使わされた。行けと言う事なんです。泉南教会行きなんだから。泉南教会に行けと云う事なんである。どういう訳に、泉南教会に行けかと思うたら、その様な事であった。例えば、私共、到着の日に、まぁ、四時か過ぎになったでしょうが。それこそ、あれだけの、大変な記念祭の後に行ったって、てんやわんやで、とてもとても、何もかにも出来なかったであろう。
 成程、泉南教会の筈だと思うた。しかもその、泉南教会に、あちらの親先生が、尋ねて見えると言う事になって来たんですから、恐れ入る外にはない。そこにです、天に任せる事による所のおかげと云う物はです。もう私共が、夢にも思わなかった、想像もし得なかった事が、そこにあっておるでしょうが。私が、止むにやまれん思いで、大阪行きをお願いして、ほんなら、すぐ行けと行っとったら、ちょうど、記念祭の前の前の日か、または、記念祭の前日かに行ったぐらいな事でしょう。
 神様は、それをぴしゃっと止めさせて、断念させて御座る一応。そして改めて泉南教会行きとこう言うて御座る。そして、泉南教会にやらせて頂いてから、只ただ、恐れ入ると云う事はです。丁度、そういう五十年の記念のお祭りを仕えられた翌日であり、その当日に着いて、翌日にお会いする事になり。先生の、有難いの最高潮の時、私の止むにやまれん、求めるものの止むにやまれん最高潮の時と、その心と心とが、交流した。
 是は、それこそ、私と一生の信心の一頁を飾る事に違いはない。是はもう一年一年、しかもその事がです無言の、いわば対談とでも申しましょうかね。ただ仰ったことは、万博の時に、甘木の親先生が、お見えられた時にも、偶然私の方の御大祭の日で御座いました。大坪先生、あなたが見えたのも、丁度私の方の記念祭の時でしたと、そこは仰いませんでしたけれどね。そういう事を仰っただけでした。甘木の親先生がお見えになられた時にも、それがたまたま、私共の大祭の日にお出頂いたとこう言われた。
 私が、行ったのも、たまたま、五十年の、いわば祈念の御大祭の日に、私が、阿倍野の伊藤こう先生を、お尋ねする事になっておったと云う事。天に任せて地にすがれと云う事は、だから、ただもう、お任せしとるけん、良かと言うのでもなからなければ、天に任せて地にすがると云う事は、止むにやまれん、いわば、という信心がなされて、しかも、それが、任せられたと云う所に、私は、本当の意味でのおかげの展開というのが、あるのだと云う事を、今日は皆さんに、聞いて頂いたんです。
 一つの事が、例えば願いが成就するというてもです。例えば私が泉南教会に行ってから、お参りをしてきた。先生に面会を求めて、面かいして帰って来たというだけであったら、これは地にすがって、おかげを受けたと言うだけにしかなりません。けれども私は、もう神様が行かんでも行くなと頂いた時には、もうすでに私の心はもうそれを断念してしもうておる。いわゆる任せておる。その任せておる所にです。兎に角演出してから、出来る程しではない程しの素晴らしい事の展開になっておるでしょう。
 記念祭の当日と言い、わざわざ、一時間二十分も、車を走らせてかかるという所へ、わざわざ、先生方が、しかも親子で、お見えて下さると言った様な、まぁいうならば、夢にも思わなかった様な事が展開して来ておる訳なんです。しかも、それは、私の信心、いや、合楽の信心にです、一大転機を促す事に違いはないと思われる程しの有難いものであった。帰りに、例えば、時間がちょっとあるから、大阪城の所まで、また途中で、利休さんの住まっておられた家やらが、そちらにある。
 あれが、どうでしょうかね、普通の時の私であったら、もうそれこそ、よだれの出るごと、行きたい所ですよね。利休さんの住まれたお茶の祖といわれる、利休の堺市というのがありますね。そこにあるんです。いわば、運転手さんが言うてくれますけれどね。ほんなら、そこへちょっと寄って下さいとも、思いもしませんでしたし、好きな歌舞伎座の前を通っても、看板一つ、見ませんでしたし。大阪城の傍へ出て行ったばってん、ちょいと降りて見なさらんかち言うけれども、降りて見るという気がしなかった。
 もう心の中は、もう有難いもので、一杯だったからなんですよ。もうお会いしたから、その足で帰って良いまたそうだったんです。と云う程しの有難いものだったんです。ほんなら、ついでにちょっと大阪へちょっとばかり見物しようか。そんな事は是から先もなかった。思いもしよらんかったと言う程しに、私と帰って神様にその事をお礼申させて頂いたら、コーヒーのひとしを頂いた。口を書いて非ずと書いてありましょう。非常の非に横に口という字が書いてある。
 もうとても、口で言い尽くせる事ではない、今度のおかげはというのであります。という様なものをです、頂いて帰れる程しのいわば、おかげと云う物は天に任せて地に縋らせて頂く信心の姿勢から生まれたという事になるのです。願った事が成就しなかった。そら願いようが足りなかったとも思わなきゃならない。一心不乱が足りなかったとも思わなければならない。
 真心が足りなかったとも思わなければならんけれども、私は私なり皆さんは皆さんなりに一生懸命の、例えば地に縋る所の信心が出来て、それでいて尚かつそれは、もうそれから先はあなたに任せるという信心。是が天に任せて地に縋れという事なんです。此処ん所を、大体、今までは、もうどうにも出来ない。もうお手上げと言った様な時に、もう神様にお縋りする他に無いじゃないの。
 神様にお任せするより他にないじゃないのと云う様な時に、ここの御教えは頂いたんですけれども。今日はそうではない。日常の私共の信心のいわば、姿勢と云う物がです。もう本当に、天に任せて地に縋る。ただ任せただけでもいかん。只縋っただけでもいかん。天に任せて地に縋るという信心。此処ん所の信心の、まぁ境地と申しますかね。そういう信心の姿勢が出来なければ。
 本当の金光様の信心によって、本当の意味に於いてのおかげ。いうなら神様の願いが成就すると言う程しのおかげにはなって来ない。神様の願いが成就すると云う事は、私共が、夢にも思わなかった様なおかげが成就する事にもなるのです。どうぞお願いします。どうぞとお願をする。おかげを受ける。それも有難いんですよ。けれどもそれが右、左になってもです。そこに神様にお願いしきれるという信心が、実は尊いと思うですね。
  どうぞ。